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プロフィール

プロフィール

株式会社SmartHacks代表取締役

山本武尊(やまもとたける)愛知県在住(1989年12月6日-)

元菓子店の店長&うつ経験者。

現在はクラウドプロフェッショナル専門のコンサルタントとして顧客のビジネスを支援。

大事にしている考え方

『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず、と言へり。』

初めまして。

初めまして。山本武尊です。下の名前は「タケル」と読みます。

僕は、20歳のときに「40歳までにリタイヤしてハワイに移住する!」と決め、お菓子のお店(株式会社芋花恋)とWebコンテンツ制作(株式会社SmartHacks)の会社を創業しました。

他にも、自分自身がリタイヤするために取り組んでいる資産形成のノウハウを共有するコミュニティを運営していたり、場所にとらわれずに稼ぎ生きていくノウハウを教育コンテンツにまとめて販売していたりもします。

簡単に音声でもまとめています↓

山本武尊ってどんなやつ?経歴とか考えてきたこと(沿革)

STEP.1
経営学を学ぶ
2008年に愛知県の南山大学という私立総合大学に入学します。

学部は経営学部です。もともと歴史が好きで、世界史が大の得意でした。

世界史を勉強していくと、時代時代の出来事が経済(つまり人の生活)に大きな影響を及ぼしていることがわかりました。それをきっかけに経済学を学ぼうと思っていました。

ですが…。経済学部を落ちまして笑

「なんか名前が似ているな」というだけで受験した経”営”学部に受かっていたので経営学を学ぶこととなります。

STEP.2
企業戦略がテーマのゼミで転機が!

大学3年次に企業戦略をテーマとするゼミに入りました。

そこで、人生の転機を迎えます。

きっかけは、日本で最大規模を誇るミュージカルを提供しているエンターテインメント企業の劇団四季様との共同プロジェクトです。

劇団四季様から所属するゼミに対して「ある作品を名古屋で運営するとして、効果的なマーケティング施策を提案して欲しい」と打診がありました。

広告費だけでも年間数百億円規模を誇る企業のマーケティング施策を考えるなんて、上場企業に入社してもなかなか訪れないチャンスです。

とにかくガムシャラにゼミの仲間とともにアイデアを企画に落とし込んで行きました。

2010年当時、iPhoneが日本でも話題になり始めた時期でした。それら時流もあって、僕らは「劇団四季アプリを作る」というアイデアをもとにしたマーケティング施策を提案しました。

その後、企画は劇団四季様内部でも通り、実際に実行されました!!

上の写真は、劇団四季様にプレゼンさせていただいた日に撮影したものです。

STEP.3
決断。そしてメンターとの出逢い。

劇団四季様に企画を提案した後、就職活動の時期がやってきました。

周りが就職活動をする中で、僕は違和感を感じていました。

「大学までは周りと合わせてきたけど、自分で判断・決断できるだけの年齢になって就職する時期も同じってなんか気持ち悪いな」

そんな風に感じて、一つの目標を決めました。

「40歳までにセミリタイアして、ハワイに移住する」という目標です。

「自分の人生を生きよう」と決断してから、僕はとても自由に行動していきました。と同時に周りにはとてもとても迷惑をかけていくことになります笑

ただ、「40歳までにセミリタイヤするには、セミリタイヤしている人に話を聞こう」ということでたくさんの人に話を聞きました。

中でも、カナダで出会ったエミーさんの話が僕を突き動かしました。

「リタイヤ生活するには、ビジネスと投資を効果的に行っていく。それでお金がお金を生む仕組みを構築すること」

こんな風に聞いてから、あれよあれよと偶然というか必然の出逢いからご縁をいただき、ビジネスを立ち上げることに漕ぎ着けました。

STEP.4
さつまいも専門店「芋花恋」出店

ご縁あって、さつまいも専門店「芋花恋(いもかれん)」を22歳の年に出店しました。当時は店舗責任者というポジションで事業に関わらせていただきました。

このときに、「ビジネスのいろは」みたいなもの身につけた感じです。ビジネスの現実を嫌というほど突きつけられ、一日の売上向上と経費の調整。

そして、継続的に利益を出していくためのいかに固定客を創っていくのか。お客様を惹きつけていくのか。働いてくれる人と協働していくのか。その全てを1ヶ月の売上が200万円ほどの小さなお店で学ばせていただきました。

ただ最初の芋花恋は、売上が上がれば上がるほど赤字が膨らむという体質を脱せずにいました。結論を言うと、10ヶ月後にお店を一時閉鎖するという状況となるのです。

お店のコンセプトやサービス体制、魅力的な商品を作ることに成功し、売上はどんどんと上がっていたにも関わらず、お店を締めなければ行けなかった理由は生産体制にお金と時間がかかりすぎてしまったからです。

より良い商品を自社で作ることを選択した僕らは、とにかく手間隙のかかる方法で商品を創っていました。生産工程のほとんどを人の手で創っていました。

というか、僕らの理想とする商品を作るのに適した機械が世の中にはありませんでした。だから、機械メーカーに掛け合って、オリジナルの生産機械を創ってもらうしかなかったんです。

もし機械が間に合えばコストを抑えることができて、きちんと利益を出しお店の継続ももちろんできたことと思います。だけど、その時の僕らの資金状況やチームのパワーもろもろが足りていませんでした。

結局、お店を閉めることになり、そこからの半年間を僕は何もできずに過ごしました。軽いうつ状態だったと思います。それに収入もゼロです。生活していくこともままならない状況でした。

STEP.5
株式会社 芋花恋 始動
ただ、何もしていないと何もしていないで人は飽きちゃうものなんですよね。

打ちひしがれていた僕も、半年後には結構元気になっていて、もう一度事業をやるためにアルバイトしながら再起のチャンスを伺っていました。

そして、有難いことに少ない資金を集め、協力してくれる人も見つかり、なんと芋花恋を株式会社化することになります。

売上は上がっていたので、生産体制をきちんとすれば利益が出ることはわかっていました。なので、生産マシンが手に入れられた時点で「GO」となったわけです。

それから芋花恋は破竹の勢いで成長していくこととなります。

尾張旭店→名東区本店→中部国際空港セントレア店→星ヶ丘店→御在所SA店→大曽根店

こんな感じで実店舗を出店していくことができました。それにここには書ききれないほどの会社さんに商品を卸させてもらうことにもなっていきました。

多くは、駅中や高速道路のサービスエリア内にあるお土産物屋さんです。

このように年商は億を超え、売上も安定していく良い流れにつながっていきました。ぶっちゃけ僕は現場担当で、社長の平野さんがやり手だったおかげなんですけどね☺️

STEP.6
インターネットビジネスの世界へ

準備中

STEP.7
オンラインのみで稼げるように!

準備中
STEP.8
「ビジネス構築力」と「集客マーケティング力」がキャリア最大の強み

準備中
STEP.8
NOW

クラウドプロフェッショナル養成講座


場所にとらわれずに稼ぎ生きていくノウハウを、「クラウドプロフェッショナル養成講座」という名前で運営しています。

30歳になって、自分自身が培ってきたノウハウを、かつての僕と同じように学びたいと考えている人に向けてどんどん共有したいと考えるようになったのがきっかけです。

現在コミュニティには日本全国から参加し、日夜研鑽を積み、切磋琢磨する人々が在籍しています。

クラウドプロフェッショナル養成講座

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